カテゴリー:次の50年を、私たちがつくる
Vol.4
装置とともに歩んだ25年
- 人に支えられ、技術に挑み続けて -
株式会社エリオニクス 執行役員 開発技術部長 - 小島 靖彦 氏
入社のきっかけと、当時のエリオニクス
「合格なので、ぜひ入社してください。」
当時の社長であった本目さんから、面接の場で即断即決のこの一言をいただいた瞬間から、私のエリオニクスでの人生が始まりました。
大学・大学院時代、私は新潟で電子線を用いた装置の開発・実験に取り組んでおり、将来は荷電粒子に関わる装置づくりに携わりたいと考えていました。まだインターネットが普及して間もない頃、「電子線 仕事」と検索して偶然出会ったのがエリオニクスでした。「まずは見学に」と軽い気持ちで訪れたのですが、社長自らが時間を取ってくださり、私がなぜ装置を創りたいのか、その想いを拙いながらもお話しする機会をいただきました。技術への考えや人の話を、肩書ではなく真正面から聞いてくれる、この会社なら本気で装置づくりに向き合える、そう感じたことを今でもよく憶えています。当時のエリオニクスは社員60名ほど。生産・営業・開発・総務が一つの建屋に集まり、研究室のような雰囲気の中で仕事が行われていました。装置づくりの現場を肌で感じながら入社できたことは、私にとって幸運だったと思います。
苦労と達成、装置開発の現場で学んだこと
入社後半年間は生産部署に配属され、観察装置(ERAシリーズ)の組み立てを担当しました。職人気質の先輩方から、ケーブル処理一つに至るまで「プロとしての仕事」を叩き込まれた経験は、その後の開発人生の大きな土台になっています。
研修後、開発部署に配属され、回転ステージ型電子線描画装置の立ち上げを一から経験しました。その際、上司から言われた言葉が今も心に残っています。
「開発は、生産部署が生み出した利益を使わせてもらっている。そのことを忘れるな。」
経験も知識も足りなかった私は、とにかく時間と体力を使って前に進むことしかできませんでした。効率が悪かったことも多かったと思いますが、翌年入社した同僚とともに装置を立ち上げ、複数のお客様が成果を出せるようになるまでの道のりは、装置を“理解する”という点で何ものにも代えがたい経験でした。
回転ステージ型電子線描画装置の一号機は、スピードを最優先し、未完成の状態でお客様のもとへ納入しました。現地で初めて試料交換機構をドッキングし、想定外の問題が次々と発生しましたが、機械担当者と知恵を絞り、お客様の工作機械をお借りして追加工を行うなど、現場で乗り越えていきました。また、外部メーカーのパターンジェネレーターを接続してのテストでは、お客様・メーカー・エリオニクスが一体となり、何日にもわたって試行錯誤を重ねました。そして、世界初となるHDパターンの描画に成功しました。明け方くらいに描画したパターンの観察を行っていた際に、お客様から「これは本当にすごいことなんですよ」と声をかけていただき、初めて自分たちの挑戦の価値を実感したことを憶えています。

50年の歴史の中で受け継がれてきたもの
装置開発は、決して成功体験だけで成り立つものではありません。ここには書けない失敗や、責任の重さに押しつぶされそうになったこともありました。また、新たな開発に挑戦したものの、結果として会社の利益につながらなかった案件もあります。それでもここまで続けてこられたのは、多くの先輩や同僚に支えられてきたからに他なりません。思い返すと、エリオニクスには「技術を大切にすること」と同じくらい、「人を大切にする文化」が脈々と受け継がれてきたと感じます。仕事の厳しさの中にも、必ず誰かが手を差し伸べ、背中を押してくれる。そうした積み重ねが、50年の歴史を支えてきたのだと思います。
私自身、大人になってからも厳しく導いてくださった方が二人います。新潟大学時代の恩師である檀上篤徳先生、そしてエリオニクスの本目社長です。お二人ともすでに亡くなられましたが、その教えは今も私の中に生き続けています。
次の50年へ向けて
入社から25年が経ちましたが、装置づくりの面白さは今も変わりません。むしろ、その奥深さを知るほど、挑戦したい気持ちは強くなっています。若い頃に抱いた「世界一の装置を生み出したい」という想いは、今も私の原点です。今後は、次の世代を導く立場として、自身の甘えを戒めながら、若い技術者が思い切り挑戦できる環境を守り、育てていきたいと考えています。
同僚の皆さんとともに、Challenge and Speed、そしてCustomer Satisfactionを大切にしながら、ギリギリ手の届く高い目標に挑み続ける。エリオニクスを、科学技術の発展に貢献し続ける会社として、次の50年へつないでいくことが私の使命だと思っています。
