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Vol.5

エリオニクス50周年回顧録

株式会社エリオニクス 元参事 - 小野 進 氏

入社当初の開発

エリオニクス50周年おめでとうございます。
私は大学院卒業後すぐにエリオニクスに入社し、1979年から2023年までの44年間、そのうち28年間が装置開発など、16年間が海外装置関連のサービス業務を行ってきました。
最初は開発二課でイオンビーム関係の仕事で、イオンシャワー装置EIS-1が開発中でした。(当時の)通産省の補助金を得る機会があり、その実務担当となってイオンビームの特性やエッチング中のガス分析、応用的なエッチングもしていたので、装置を扱うことや調整することの全てが新鮮で毎日が充実していました。その結果を報告書にまとめ、さらに応用物理学会で発表することができたのは喜びでした。この年に製品が完成して納入まで決ったので、自分で全て作業することになりました。お客様への対応や装置説明など全てが初めてで、戸惑いながらもなんとか最初の出張作業ができたのを思い出します。

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怒涛の開発ラッシュ

その後の10年間はイオンビーム関係で様々な装置を開発し納入しました。最初はイオンビームの口径が、小型の20 mmということでしたが、100 mm、150 mmと口径が大きくなるにつれ、EIS-1からEIS-100、EIS-150と装置名称がだんだんと増えていきました。ビーム径が小さい方向にも要望があり、1 µm、0.1 µmとなり、イオンビームの方式もガスイオン源から液体金属イオン源へと変化、装置名称はEIP-50、100、15、20、10となりました。この数値は加速電圧を意味しています。EIP-50の時は、国内で初めて走査型のイオンビーム装置で電子回路のパターンを加工し、お客様側のアイデアで酸素プラズマを用いて転写した結果を発表していただいたのがとても印象深かったです。

さらにその後は、イオンのエネルギーなどを分析する装置を造ったりしました。EIP-100では、100 kVという高加速電圧にチャレンジしましたが、安定した性能の実現は難しく、80 kVが何とかクリアできました。この装置は質量分離機能を付属させていたので、AuSiという合金イオン源で、AuビームとSiビームを分けることができる特徴がありました。その結果もお客様の論文になり、お役に立てて良かったと思います。また別の装置では、走査電子顕微鏡(SEM)にイオン源を取り付け、イオンビームで試料を加工した後、その場でSEM観察できる装置を造りました。生物組織の内部構造をイオンビームで削りながらSEM観察できるようになったので、医学関係に貢献できたのもうれしく、またやりがいを感じました。

1993年には、大手企業から真空を制御した新しいSEMのOEM供給の依頼があり、その主担当者として装置開発に着手しました。ここで初めて、装置に対する取り組み方、製造方法、製造検査法など、会社によって全く違うことを気付かされ、戸惑ったことがありました。しかし完成すると、やはり大手なのでカタログの立派さには驚きました。
次に手掛けたのは波長分散型のX線分析器WDS-1で、設計・製造・組み立ては機械技術課、ソフト関係はコンピュータ技術課、電気回路系は電気技術課、総合の取りまとめは開発課の私の仕事でした。装置が完成すると、他社製のSEMに取り付けて販売するオファーがあり、2~3週間他社の工場内に入り、WDS-1の取付けや性能出し等を行ったことを思い出します。最終的にはエリオニクス装置だけで販売するということで終了しましたが、他社の工場内に入り、毎朝ラジオ体操の曲が流れていたので、皆さんと一緒に体操してから建物に入ったのを懐かしく思います。このWDS分析器の開発により、本体のSEMと一緒に何台も納入できるようになりました。しかし、WDSのメンテナンスは総合的な調整が必要なため、私一人で行うようになり、いろいろな装置の開発の合間にメンテナンスも担当しました。お客様のところには他の装置も何台か入っていることがあり、それらの装置が故障している時などにちょっと様子を見たり、修理の対応をしたりすると、「次回のメンテナンスの時に、こちらの装置もお願いします。」と頼まれることが度々ありました。

2001年には試料を高速に回転させて電子線描画を行う装置開発に着手し、ハードディスクにパターンを描画するディスクマスタリング装置の試作機を完成させました。翌年には新人も加わり、少人数で装置を民間の会社に納入することができました。ただし、本来の性能を引き出すには1年もの時間を要しました。トラブルは数多くあり、電話があれば「すぐ行きます」と言って、電車で2時間程の距離をよく通ったものです。その2年後にはアメリカから引き合いがあり、装置も安定したので無事納入し完了できたのが良かったです。この時は装置の性能以外に膨大な作業の書類があるのに驚き、私は大半をその書類作業に対応に追われました。それは装置と作業者の安全確保のため、安全対策とその実施検査を行わなければならないというものでした。安全対策には公的機関の認証が必要なのでその対応も兼ねており、電気技術課との協力が特に必要で、お互いの協力が不可欠だと感じました。

さらに翌年、国内の大手企業からこの装置の注文があったのですが、仕様が厳しく、最終検査になかなか通らず、何回も徹夜で作業しました。装置の出荷準備に手間取り、ギリギリでトラックに載せ、すぐ営業車に便乗して現地に向かいました。何とか装置を所定の場所に置き、「来週から本格的に納入作業します。」と挨拶した後、帰りは電車で帰るので、車のトランクを開けたらコートを会社に忘れたことに気付き、とても寒い思いで帰宅しました。その地域は、寒すぎて雪は降らないそうだと後で聞き驚きました。

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海外業務への転身

2007年から仕事が装置開発から海外業務に移り、海外の装置納入のサポート、装置のメンテナンス、トラブル対応、時には営業の仕事もしていました。英語はさほど得意でなくても、装置の技術的な対応はできたので、お客様や現地代理店の担当者に重宝されていました。 Harvard大学への納入の時は、担当者が台湾出身の方でした。アメリカに行く前、台湾には何回か行っていたので台湾の知識は少しあり、親近感がわいてコミュニケーションもうまくいき、装置の納入もスムーズに出来たと思います。それ以来、もう19年経った今でもその方とはたまに電話連絡をしています。台湾出張の時には、その方が夏休みで帰省するタイミングと重なったので、数回ほど現地で会う間柄になりました。また、国内のお客様でも納入してからメンテナンス等で何回も会っているので、個人的なつながりも何人かできました。

台湾での思い出深い経験

2008年には台湾のある大学から新しい装置の提案があり、「その仕様では、私の考える方法がお勧めです。」と話したところ、「それにする。」と注文してもらいました。帰国して会社に話すと、その装置に対応する人がいないということで、私が設計仕様書等を作り、装置が完成した後は、自分で納入することになりました。5 kVの低加速の描画装置で、15 nmの線を描くというものでした。この本体のSEMや描画機能の取り扱いは、社内では触ったことがなく、台湾で初めて使うものばかりで最初は戸惑いました。徐々に装置の取り扱いにも慣れ、本来の性能出しにすぐ着手したところ、低加速電圧なりにいろいろな問題が出てきて、その都度、試行錯誤で段々と目的の数値に近づくようになりました。3時間かけて描画して、現像室でサンプルを現像液に入れた途端に、現像フードの周りに置いてあった瓶などがゆらゆらと動き、一瞬めまいかなと思ったら地震が発生した直後でした。じっと我慢して、現像をそのまま行い、無事完了させました。SEMで観察しようとクリーンルームに戻ると、至る所で装置の警告音が鳴り、各装置がエラーで停止している状況でした。観察は後回しにして、まず会社に電話し、各装置の復旧に努めました。翌日には各装置は正常になり、SEM観察もして、15 nmの性能も出ていそうという結果になりました。Siウェーハをカットして断面観察しようとしたところ、なんとピンセットが滑りサンプルがテーブルに落ちてしまったのです。断面部分にキズが入ったかと思いましたが、ギリギリのところで無事に15 nmの線幅を確認できたので一安心しました。

これで性能試験は完了したので、レポートを代理店経由で提出したところ、意外な回答が来ました。「大学側でクリーンルームの工事費用が増え、今年度は半分しか払えなくなりました。残りは翌年払うことにしたいので了承して欲しい。」と言われました。帰国後、会社に相談したところ、その件はOKになりました。…ということだったのですが、別のサービス作業で台湾に何回か行っている時、同大学より連絡がありました。「次年度の予算を獲得するために、納入した装置の性能をアップしないと予算が下りないので、性能仕様を10 nmにして欲しい。」と言われ、「それは、ダメです。15 nm用で装置を作ったので、10 nmにするのは困ります。」と回答しました。ただ、内心では試行錯誤で何とかできるかも知れないと思い、結局のところやむなく承諾しました。使用する電子線レジストには制限がなかったので、ネガ型からポジ型に材料を変え、レジスト塗布条件の変更と現像方法の最適化でその後10 nmをクリアすることができました。ある時、トラブルで修理に行っている時に、担当教授に「いつもトラブルがあって、時間が掛かってしまい、ご迷惑をかけてすみません。」と謝ったところ、「いいえ、小野さんが来てくれるといつも最後は完結し、それ以上に学生たちに色々とアドバイスをもらっているので助かっています。いつでも台湾はウェルカムです。」と言っていただいたのを思い出します。台湾には納入やサービスで何回も行くことになり、大学、研究所、その他で知り合いが沢山できたので、台湾人の心情をいろいろと理解できたように感じます。

それ以降は中国の大学に薄膜作製用に改造したイオン装置を納入、韓国の研究所にも支給されたスパッタ成膜装置をイオンビーム装置に付属させて納入することができました。その後も、納入サポートやメンテナンス作業がある時に、台湾、中国、シンガポール、韓国、アメリカ、デンマーク、ノルウェー、オーストラリアなどに行き、それぞれで、新たなトラブルを経験し、都度解決しながら仕事を完了したことを思い出します。

長く働いて想うこと

“いろんな人との出会いは、たくさんあり、都度思うことは、国内であっても海外であっても、それぞれ仕事に誠意をもって一生懸命に対応することで、信用してもらい、エリオニクス装置をまた選んでくれて次の装置に結び付くことが期待される”

描画装置を納入した時に、描画の次の加工プロセスにはイオンビームが絶対に必要なので、「ぜひエリオニクスの装置を検討して下さい。」といつもお願いしていました。そのお願いが実り、描画装置納入から2年後に、ある大学のお客様から「エリオニクスのICPのイオン装置を購入する。」と言ってもらったことはとても嬉しかったです。当時、競合他社のICP装置の方が性能的に優れているけれど、エリオニクスはサービス対応が良いということで大学の購買課に掛け合っていただき、注文を得ることができました。エリオニクスを相当に気に入ってくれたお蔭でした。

これは、人と人との関係でも仕事に結びつくものと確信できた結果だと思っています。そんな時にエリオニクスで長い間仕事ができてとても幸せを感じました。これからも、エリオニクスが多くのお客様に支えられて、末永く新しい装置を供給できるようにお祈りしています。